ボランティア体験談

Q1. こちらの団体ではどのような活動をしていますか。

NPOの理事として、年に4回発行している障がい者向けフリーペーパー「Co-Co Life(ココライフ)☆女子部」の編集・発行と、読者コミュニティの運営、イベントの企画などを行っています。
「Co-Co Life☆女子部」には、20〜30代女性を中心とした障がいや難病の方、全国約500名がサポーターとして登録してくださっています。アンケートや商品開発などで、彼女たちの声を集め、企業にユニバーサルデザインを提案するなどの活動をしています。

また、このフリーペーパー自体も、障がい当事者が中心となって制作をしています。本誌に出演する読者モデルは、全て何らかの障がいや難病の当事者です。また、テーマや記事の内容は、障がいの当事者がプランを立て、執筆もしてもらいます。
ただ、彼女たちはプロのライターではないので、記事を書くことには慣れていない人が多いです。また、「社会の中で迷惑をかけないように」などと言われて生きていて、発信することに不慣れだったり、人から見られることへの抵抗感がある人も、まだまだ多いんですね。私たちはそこを変えたい。だから、障がい当事者の方の発信力を高め、背中を押し、本音を引き出すのも私たちプロボノの仕事です。

Q2. 「Co-Co Life☆女子部」は、本当に市販の雑誌と変わらないクオリティだと思います。当事者の声を中心に制作する以外に、こだわりや心がけていることがあったらぜひ教えてください。

ありがとうございます。確かに、よく「福祉系っぽくないね」とか、「女性が見てドキッとするくらいの可愛らしさがある」という風には言われますね。福祉業界では、確かに本誌が追求しているほど「見た目」「ビジュアル」や「華やかさ」にこだわることは、まだ少ないと思います。
ただ、私たちは雑誌として「想いの伝わりやすさ」を考えたら、ビジュアルの持つ力がとても大切だと考えているんです。

この雑誌のコンセプトは、あくまでFrom当事者 to 当事者であり、例えば障がい者のウェディングに関する特集を組んだり、車いすでも着脱しやすい服を紹介したり、障がい者認定されていなくても日常生活に支障がある “はざま” の方*の声を集めて紹介したり、という内容になっています。ゴールは雑誌を作ることではなく、当事者の方に「想いが届く」ことが大切なんですね。そのためにヘアメイクをつけたり、衣装をレンタルしたり、時には遠方にロケに行くなど「写真の綺麗さ」は徹底的に追求しています。また、雑誌として当然ですが「見やすい編集」「伝わりやすい文章」などのテクニックも入れ込んでいますね。また、From当事者 to 当事者なので、写真撮影や特集のコメントをいただく時、1ページの誌面にさまざまな障がい当事者の方が混ざるように組んでいることも意識していることの1つです。

私は前職で約14年間、出版業界で働いていたので、当時経験した雑誌の取材や編集技術、イベントの企画運営などのノウハウをすべて投じている感じです。他のプロボノ陣も、大手の新聞社のアートディレクターや、広告会社の出身者、大手企業で営業をしていた人、システム開発をしていた人など、その道のプロが多いです。ボランティア組織ではありますが、団体として、仕事のクオリティにはこだわっています。

*例えば、難聴の方の場合、両耳が聞こえなければ、障がい者認定されて障がい者手帳を持つことができない。片耳が聞こえづらい、聞こえないだけだと障がい者手帳は持てないが、日常生活や健常者と仕事をするのには支障があるなど。

Q3. スキルや経験をそのまま活かして活動されているようですが、もともとこの活動に参加しようと思ったきっかけは何ですか。

直接的なきっかけとしては、家族がガンに罹患したり、家族に障がい当事者の人がいる生活になったことです。ちょうどその頃、施無畏の活動が取り上げられている新聞記事を読みました。「障がいのある女性たちがファッション雑誌を作っている」という紹介記事だったのですが、何より障がい当事者の人がイキイキとしている様子が印象的で、興味が湧きました。少なからず、家族との経験から自分自身は障がい当事者は制限があって生きていると思い込んでいたところがあったので…。

自分は長年、大手の出版社でファッション雑誌を作っていたし、しかも偶然にも、当時の施無畏の事務所が、自分の自宅から徒歩2分のところにあったんです! 神様からやれと言われているように感じました。すぐにボランティア登録をし、翌月からすぐに特集を担当して、それ以来、編集にメインで携わるようになりました。実は生まれて初めてのボランティアが、この活動です。

Q4. 新聞を読んですぐに決断できたのはすごいですね。何かその決断を後押しするようなことがあったのですか。

そうですね。実は2004年の新潟県中越地震が起こった時に、当時勤めていた出版社で、支援活動として山古志村の写真集を緊急重版し、その利益を復興支援に寄付するという活動があったんです。そして、それがその年の社長賞を獲ったんですね。当時、自分は広告営業の担当をしていて、売上も絶好調で、会社の利益にものすごく貢献していたのですが、利益を出しているチームではなく、寄付した活動が社長賞を獲った。
山古志村の写真集、それ自体は素晴らしい企画でしたが、その時に、会社の活動って何なのかが、よくわからなくなってしまったんですね。もしかすると、憤りもあったかもしれません。ただその時に、これまで自分がしてきたことを疑ってみたというか、広い視点で考え直すきっかけになりましたね。
「会社は利益を上げるだけではなく、投資をしたり、社会的責任を果たすことのバランスで成り立っているものだ」。周りの先輩にそう言われてふと、「今は利益を上げる仕事だけしているけど、将来的にはそういう投資やチャリティなどにも関わりたいかも」という火種が湧いたんです。

その後、2011年に東日本大震災が発生し、再び社会的な活動に目が向いたのですが、私はこの時、足がすくんでしまって、ほとんど何の役にも立ちませんでした。ずっと東京で震えていました。怖くて東北地方へのボランティアにも行けなかった。恥ずかしいし、情けないし、悔しいと思っていました。
こんな2度のできごとがあったので、「Co-Co Life☆女子部」の雑誌を見たときは「あっ、これこそは自分が役立てることだ!」と、すぐ決断できたのだと思います。

Q5. 施無畏で活動をする中で、守山さん自身が変わったなと感じることはありますか。

「世の中には多様な人が生きている」ということに、実感を伴って気づけたことです。それまでは大企業で、周りはいわゆる「いい大学」を出て、仕事もできる人たちばかりの、非常に均質なコミュニティにいたので、それが「普通」だと思っていました。「ダイバーシティ(=多様性)」という言葉は知っていましたが、今思えば、本当の意味では全く理解はしていなかったように思いますね。

雑誌を作るプロセスにおいて、今では多様な障がい者の方と触れ合う時間があり、毎回、自分の常識を覆されることばかりが起きます。例えば大人数を集める読者イベントの時などは、読者の体調の問題などで、なかなか時間通りに動けなかったりします。昔はイラッとしたと思いますが、今は普通に待てますね。インタビューでもこちらの想定外のことを軽々答えてくる人がいたり。今メイクの特集を作っているのですが、その中では、腕が動かしづらい女性たちから「メイク道具がいかに小さくて、使いづらいか」をまざまざと教えてもらいました。そういった1つ1つのことが発見ばかりです。何より、たくさんの多様性に本当に触れ合ったことで、「こういう多様な人たちがいる世界って素敵だな」と思える自分になれたことが、一番の変化ですね。

Q6. NPOでの活動は、ご自身のお仕事にどのようにつながっていると思いますか。

同じ業界でずっと働いていましたが、仕事に行き詰まっていた時期がありました。でも「Co-Co Life☆女子部」に関わるようになってから、出版業界では私と同じように、発信の技術を持っている人はたくさんいるけれど、逆に福祉業界ではそういう人はまだまだ少ないということに気づき、「場」を移したら大活躍できるんじゃないか、という可能性に目が向くようになったのです。2020年に東京パラリンピックが開催されると決まったこともあり、今後、健常者と障がい者の橋渡しをするようなビジネスがたくさん生まれるのではないかと考えた結果、2013年に独立することに決めました。

独立してからはブランデイングのコンサル業という本業の他、ユニバーサルデザインについてお伝えするコンサルや、セミナー講師などもしています。実は、障がい者が使いやすいものは、高齢者にとっても使いやすいので、高齢者向けの商品開発の仕事も実際にしています。施無畏での活動をしていなかったら、おそらく今でも会社員として働いていたと思うので、そういう意味では人生が変わったなと思っています。

Q7. 今後の抱負を教えてください。

まだまだ「Co-Co Life☆女子部」を知らない人が多いと思うので、もっと広めていきたいですね。障がい者やその家族には、誰でも、いつでもなりうる訳ですが、その人たちに「こんな風に楽しんで生きているよ」ということを伝えて続けていきたい。「伝え続けたい」ということは、ある意味終わりがないということ。なので、この雑誌を発行し続けることも目標の1つですね。



NPO法人 施無畏(せむい)の ボランティア募集はこちら

SMJより

最初に「Co-Co Life☆女子部」を見せてもらった時に、一般に販売されている雑誌と勘違いしてしまう程のクオリティに驚きました。ボランティアは無償と言われていますが、守山さんから多様性を受け入れられるようになったというお話を聞いて、金銭面以外の報酬はあると改めて思いました。施無畏のコミュニティを通じて、障がい者の方々がより人生を楽しめるような社会になったらいいなと思いました。

[ 取材:玄道・住田 ]

体験者の声