NPO法人 Curiosity 黒須 治さん 三宅 邦明さん


Q.1 最初に、それぞれどのようなお仕事をされているかを教えてください。

黒須
元々は博報堂でコピーライティングをしていました。皆が知っているものだと弱酸性ビオレとか、たまごクラブひよこクラブ、ソフラン アロマリッチなどに関わりました。定年後も広告企画制作の仕事をしているのですが、オフィスを文京区に持ったため、そこの地域の人と交流する時間を持ちたいなという気持ちになり、オフィスの1階を交流スペースとして解放して地域活動もしています。
本業の他に学生にコピーライティングを教えたり、他の方が主宰する地域のワークショップを手伝ったりしつつ休日は畑仕事をしていますね。

三宅
厚生労働省の役人で医系技官という医師免許を持ちながら役所に勤務をし、医療分野の政策に関わっています。国レベルでの感染症対策やHIV対策などを検討したり、ヘルスポリシーと言って医師の仕事や看護師の仕事の配分、人数を考えるなど医療分野の仕組み全般を考えたりする仕事です。今は、医療機器業界の振興に携わったり、医療国際展開推進室という医療を産業としてどう世界に輸出するかを検討したりということも行なっています。
あ、少し前は、生活習慣病対策をやっていて流行語大賞もいただいた「メタボ」の名付け親の一人です。

Q.2 お二人は何がきっかけでCuriosityと出会われたのですか。

3年前、当時2人ともちょうど地域活動に関心を持ち、アンテナを高くしていた時にに、文京区のイベントで社会起業フェスタというのを偶然見つけてそれに参加し、Curiosityのブースに行ったことが初めの出会いですね。 ブースで代表の小川さんが「子どもたちの実体験を教育につなげたいというのが自分の夢なんです」ということを語っており、その当時行なおうとしていた、子どもたちを企業の工場に連れていって社会体験をする活動について話を聞きました。

黒須教育分野で何かしたいと思っていましたし、そこにいたメンバーと応援しようかという話になり、1度うちのオフィスのスペースに来てもらって飲み会をしながらどんなことができそうかアイデアをざっくばらんに話す機会を作ったのです。最終的には私と、今後の話をした中で「こういうことをやってみようか」と核となるアイデアを出した三宅さんとともにプログラムを話し合い、文京区の補助金申請を行うなどして初年度の活動を作り上げていった感じです。なので、活動の密度としては初年度が最も時間を割いていました。

Q.3 お二人は元々ボランティアに対してどんな関心があったのでしょうか。

三宅
僕自身は元々、若い人が高校生位からボランティア的な体験、つまり自発的に動く経験をしてもらいたいという気持ちがありました。アメリカでは高校生が台風の後に自宅の駐車場でレモネードを売ったり、路上でパフォーマンスなどをしたりして寄付を募って誰かを助けるということをもっと一般的に行なっていると思います。日本でも社会の問題や、変えたい状況を目にした時に「かわいそうだな」と感じて終わるのではなく、自分が動いたら、誰かを助けることができる、変えられることがあるということを若い人に学んで欲しいなと思っていたのです。なので、Curiosityの活動が、そんな自分の思いを実現するのに一緒にできることがありそうだったので手伝おうと思いました。 元々代表の小川さんが構想として持っていた起業体験と社会貢献の要素を組み合わせて現在のまじプロというプログラムを作りました。

また、普段、国の政策など視野の広い範囲だが手触り感の少ない仕事をしているため、もう少し人と直接やり取りをする相手との距離の短い範囲の活動をしてみたいという気持ちもありましたね。

黒須

私は、日本では「共助」が圧倒的に足りないと思います。近所同士、地域同士で支え合うということは昭和の時代は当たり前だったのに、今ではマンションの隣に住んでいる人も知らないというように自然に無くなってしまっています。だからこそ共助の仕組みは今後、人為的に作っていかないといけないと思っています。

私自身の関心は教育分野で、社会人がもっと学生に関わって教育行動ができるような仕組みを作りたいという気持ちです。今の社会で学生に関わるのは家庭教育と学校教育ですが、親や学校の先生は成績をつけるなど評価が関わる関係ですよね。これを縦の関係とすると、友人は横の関係。そこに社会のおじさんたちが斜めの関係として関わる必要があります。斜めの関係の人は、学生に点数をつけたり、評価する立場でなく、いい意味で、誤解を恐れず言えば責任もない。

でも、だからこそ「それ、いいね!」と心から思ったことをそのまま伝えることができる立場なわけです。しかも学生もそんな風に大人に褒められたことをずっと心に留めて生きていたりする。地域の教育力を育むことが僕のテーマなので、ボランティアとしての視点が強い三宅さんとは同じ活動をしていても価値を見出すポイントが異なっていると思います。地域で共助し合い、人が育つためにボランティアが必要ならやる方がいいと思うし、違う関わりもあるかもしれないと思っています。

Q.4 初年度はかなり活動に時間を割かれたということですが、今はどのように活動されているのでしょうか。

三宅
今はいろいろな社会人の方や大学生の方が関わってくれるようになっているので、徐々に代表の小川さんが自走できるようにサポートする立場になって来ています。本業も忙しくなったことからあまりこの活動に時間が割けなくなったこともあり、大きな方向性を考える際の議論相手にさせてもらったり、文京区民として地域につなぐなど、自分の持ち味のところでサポートさせてもらっています。具体的には小川さんはリーダーとして決断を迫られるので頭の整理を手伝ったりもしますし、率先してやって見せなくちゃならないときに、彼がひとりにならないように、皆がやりたがらない駅前でのビラ配りなども一緒にやったりしています。

黒須
それでいうと自分も同じようなところがあります。小川さんがアドバイザーに頼る頻度が減っていき、自律的に活動していけるようになることが理想的だと思っているので、そのサポートをしていきたいと思います。

Q.5 立ち上げて3年目の活動ということですが、苦労されている点などはありますか。

黒須
NPOにありがちなことかもしれませんが、なかなか人が定着しないことですかね。人が足りなくてボランティアの募集をして集めても続かなかったりします。特にうちは高校生の活動に伴走するために大学生のボランティアも募集するのですが、活動の戦力になる前に抜けてしまうということがあるため、まだ立ち上げのメンバーが力強くサポートする時期を抜けきれていないところがあります。

三宅

そうですね。正直に言って活動自体がまだ手探り状態のところがあります。こういう活動は立ち上げが最も大変で、活動が形作られていくと前年を踏襲してできる範囲があるため多少楽になっていくものだと思いますが、まだまだ試行錯誤中の範囲が多いです。

Q.6 お二人がここまで活動してきて、得られたことはどんなことでしょうか。

三宅
1番は地域で分け隔てなく話しができる縁ができたことです。活動をするにあたり、ボランティアに対する想いに加え、平日昼間は地域におらず地縁を持っていなかったので、地域において自分の居場所を作っていきたいという気持ちもありました。もちろん、活動には大学生も高校生もいて若い方と話をすることも楽しいのですが、その後も縁が続いて一緒に何かできるのは大人たち。そういうコミュニティに出会えたことが財産だと思っています。

黒須
活動を実際にしてみることで教育を通じた地域貢献が自分はやりたいんだという軸が確かになったことですね。「地域で何かやりたい」という気持ちで始めたことが「やっぱり自分は教育だ」と気持ちが新たになりました。自分の軸を作るには思っているだけではだめで、やはり自分で経験して自分の気持ちを感じてみる必要があります。そういう意味でこの活動を通じて軸が定まった実感を得ることができました。

Q.7 最後に今後どんな人にCuriosityの活動に参加してもらいたいかをぜひ教えてください。

活動自体はまだ離陸前の滑走路を全力で走っている段階というか、作り上げていっている段階だと思います。なので自分からどんどん意見して物事を作っていくのが好きな方には向いているのではないでしょうか。団体の方針としても柔軟に対応しているので、「こうしなければならない」というものもそんなにありません。

ただ、私たちとしては高校生・大学生など若い人へ社会の中で共助しあう体験を届けることにある程度関心、想いがある人に参加してもらいたいと思います。立ち上げ期というのは格好いい響きがするかもしれませんが、何でも自分たちでやらなければならない時期であり、地道な作業がたくさんあります。そこを超えられるのはやはり「これがやりたい」という気持ちだと思うので、そういった意味でミッション・活動に共感してくれる人に出会えるのが一番嬉しいですね。

SMJより

立ち上げ時期を力強く支援されたお二人。 代表や他の方が団体を持続可能に運営していけるよう、現在もサポートし続けているそうです。関わり方を変えながらもミッションに共感し、長く活動してくれる仲間がいることは団体にとってとても心強いことだと思いました。黒須さん、三宅さん、どうもありがとうございました!

[ 取材:玄道 ]