1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。2006年よりモルガン・スタンレー・キャピタルを経て、現在は投資ファンド勤務。「貧困の終焉」に触発され、2007年10月より特定非営利活動法人Living in Peace(以下LIP)を設立、現在は代表理事をつとめる。
著作に「15歳からのファイナンス理論入門(ダイヤモンド社)」、「imidas 2010-2011(マイクロファイナンスについて執筆)」など。ブログTaejunomicsやTwitter(@81TJ)で情報を発信中。
「人は、貧しいという理由で死んではいけない。」
岩崎俊一さんのこのコピーを知っている人は多いだろう。
では、あなたは知っているだろうか。
年間800万人もの人々が貧しさゆえに命を落としている現実を。
貧困の削減。
この深刻な社会的課題に立ち向かうべく、自らの専門性を活かして全力で行動する1人の若者がいる。その名は慎泰俊(シンテジュン)。
米経済学者、ジェフリー・サックスの著書、「貧困の終焉」との出会いが、彼に行動を起こさせるきっかけとなる。
今回は、慎泰俊の生き様と内に秘められた想いを伝えたい。
この物語にあなたの心は、一体何を想うだろうか。
2007年10月28日、慎はLiving in Peaceという団体を設立した。LIPが目指すこと。それは、機会の平等の実現による貧困の削減だ。
国際的な活動では金融という手法を駆使したプロジェクト、国内では教育に特化したプロジェクトに関するチームを組成し、活動を行っている。
2011年8月現在、二つのプロジェクトチームには50人以上が参加している。メンバーの多くは20~30代で様々な業種の社会人や学生がいる。
「私たちの多くは、会社員としてそれぞれの仕事を持ちながら活動しています。
しかし、限られた時間のなかでも、自らの専門性を活かして全力で行動し、
その力を束ねることで、貧困削減という目標に近づいていけると信じています。」
同団体の活動からは、異なるスキルを集結させること、新価値をスキルや経験を持った人々が力をあわせることの必要性と、その可能性を感じることができる。
LIPを立ち上げたキッカケはいったい何だったのか。
慎は自身の大切にしている価値観について、こう教えてくれた。
「一番大切にしている価値観と聞かれれば、それは「自由」です。ただ、それは「やりたいことをやる自由」というよりも、個人がその才能を活かすことができるという「機会の平等が実現される」ことだと思っています。お金がないから大学に行けなかった友人も多い。生まれつき様々な人が様々な壁を持っていることは、社会としてはとてももったいないことだと思うのです。」
そんな慎が活動の柱に据えたものが、マイクロファイナンスだ。
マイクロファイナンスとは一体何か。
それは、もともと「マイクロ(=とても小さい)クレジット(=貸付)」という言葉で始まった。1970年の中頃、多くの発展途上国において、一般の銀行は、担保や客観的な信頼がある富裕層のみに貸付を行っていた。それゆえ、貧しい人びとは、自分の仕事に必要な少しのお金を得るために、非合法な高利貸しを頼ることしかできない状況だった。それまで融資の対象とされていなかった貧困に苦しむ人々に対し、生きていくために雑貨を作ったりする際に必要な小額の資金を無担保で提供する仕組みこそ、マイクロクレジットだ。貧困層の抱える金融サービスへの多用なニーズが認識されるようになった結果、マイクロクジレットは貸付のみならず、貯蓄・保険・送金など含めた金融サービスとなった。やがてこれらは総合して、マイクロファイナンスと呼ばれるようになった。
マイクロクレジットの特徴の1つは、貧困者にお金を貸すことで、自立をサポートし、 貧困の削減という社会的課題の解決に貢献できることだ。貧しい人びとは、借りたお金を元に、家畜の飼育や竹細工の制作、 食料品の販売などを営むことができる。自らの手で生活の水準を上げていくことで返済が可能になり、 貧しい人たちも信頼できる借り手となっていくのである。
「日本だと当たり前すぎて理解できないかも知れませんが、金融サービスは非常に大切なものなのです。確かにお金があれば幸せとは限りません。でも、お金があることで幸せになるチャンスは生まれるのです。」
投資ファンドで培った経験やスキルを持つ自分にできる行動は何か。
その時に慎の脳裏には浮かんだものこそ、マイクロファイナンスだったのだ。
慎は国内の貧困削減にも強い関心を持っている。もともと、国内で企業買収等を行う投資ファンドに勤めようと考えた理由も、自身の問題意識が国内にあったからだ。
国内分野での活動は、「すべての子どもにチャンスを」を合言葉に、主に児童養護施設向けの教育改善、進学支援等をおこなっている。児童養護施設の子どもたちは、様々な理由でやむを得ず家族と離れて暮らしている一方で、施設では親代わりの職員が過酷な労働環境のなか、慢性的に人手が足りていない現状がある。また、多くの施設の住環境は良いとは言えないため、施設の子どもたちは、自己肯定感を得にくく、将来自立する意欲を養いにくい環境にあるという。この機会の不平等を解決したいという強い想いこそ、慎を動かす原動力になっている。
そこでLIPはLIP寄付プログラム Chance Maker(チャンスメーカー)を構築した。これは、児童養護施設の子どもたちをはじめ、すべての子どもたちが、貧困を抜け出し将来自立することを目指す月々継続型の寄付プログラムだ。継続した支援により、 子どもたちが、家庭に近い環境で育ち、学ぶ機会を享受することで、将来精神的にも経済的にも自立できることを目指している。
「人間に対する信頼が崩れていると、生きる意味が見出すのが難しい。生きる意味が見出せない人間は努力ができない。虐待を受けて傷ついた子どもの心を取り戻すには、ケアできるプロ職員が必要なんです。ただ現状は一人の職員が10人をみている状況で、子供たちのための家事をしていたら一日が終わってしまう。養護施設の子供たちが、”親(=職員)”に甘えることができない。そうすると、なかなか回復できない。これこそが問題なんです。」
慎が語る「お金で幸せになれるとは限らないが、お金があることで機会ができる」ということの意味がよく分かる。Chance Makerプログラムが担うもの、それは「単にお金を集めること」ではなく、まさに「変化する機会づくり」なのだろう。
「世界の貧困を解決する」というと、途方もなく大きな変化をおこす必要があるのではないかと感じる人も多いかも知れない。でも、大切なことは、自分にできる行動を1つずつ積み重ねていくことではないだろうか。
慎はLIPのウェブサイトでこんなメッセージを発信している。
「私たちは、貧困を無くすこと、少なくとも減らすことができます。そのためには、1人が100の行動をするより、100人が1つずつの行動をしたほうがよいと私たちは考えています。誰でも自分の空き時間を使って社会貢献をすることができますし、それは、方法によっては世の中に大きなインパクトを与えられます。自らのアクションの効果を過小評価してしまうことが、社会を閉塞化させる一つの原因かもしれません。」
LIPに集う人々が、経験やスキル、知恵を束ねて貧困削減に向かって行動するように、1つずつ行動を起こすこと。そんな行動を、同じ想いを持つ仲間とつないだら、大きく見える問題も解決できるかも知れない。
最後に、慎が好きだという革命家チェ・ゲバラの言葉で締めくくりたい。
「世界のどこかで正しくないことが起こっていたら、それを感じるように。」
貧困という課題を感じ、その削減を目指すという想いに共感した人々とともに、LIPの活動は、今日も広がり続けていく。