変えるヒト、変わるヒト。-新しい社会貢献のカタチ-

東京大学大学院卒。ソフトウェアメーカーのサイボウズ株式会社にて、無料のプロジェクト管理ツール「サイボウズLive」の企画、導入サポートを担当。大学時代に学んだグリーンツーリズムや国際協力を中心とした地域活性化の手法を活かし、旅をテーマに都市と地方をつなぐ民宿PRボランティア活動「ヤドノマド」を実施中。

00 プロローグ

世界文化遺産である五箇山合掌集落に程近い、富山県南砺市利賀村。標高600mの民宿「利賀乃家」に、一人の女性の声が響き渡った。

「今日は皆さんに宿泊して頂いたそれぞれの民宿の良さについて、プレゼンテーションを行って頂きます。」

東京在住の若者たちが、過疎・高齢化が進む利賀の地を訪れ、数軒の民宿に宿泊。都会からきたからこそ感じる、自然の素晴らしさや宿が持つ古き良き伝統。そんな地域の宝を掘り起こし、民宿の女将をはじめ、地元の人々に伝えるためのプレゼンテーションが始まった。その様子はTwitterやUstreamを活用し、全国に配信されている。

旅をテーマに都市と地方をつなぐ「ヤドノマド」というプロジェクトの活動だ。
今回は、このプロジェクトの発起人である長山悦子の物語を紹介したい。

01 出逢い

東京から夜行バスに揺られること約5時間。
富山駅でバスからレンタカーに乗り換え、1時間半ほど走ると見えてくるのが山奥の小さな村、利賀村だ。なぜ、長山は「ヤドノマド」プロジェクトをこの地で始めることになったのか。きっかけは、後にヤドノマドの共同代表となる、旅行業界で働いている友人が直面した疑問からだった。

「地方にある小さな宿では、宿泊プランに関するやり取りは全てFAXで行われることが多い。予約も電話のみだ。メールが使えないということだけで、都会に住む若者客を逃しているのではないだろうか。」

過疎化が進む地方の宿は、地元客か長年通う常連で成り立っている場合がほとんどだ。つまり常連客の高齢化が進むと、宿そのものに泊まる人がいなくなってしまう。一方で地方の小さな宿には、自然や歴史、文化等の伝統が紡がれ、豊かな時間が流れている。都会の若者と地方の民宿、お互いが求める価値があるのに、上手くつながることができていない。

「ITリテラシーという分厚い壁を乗り越えて、地方の小さな宿と都会の若者を「旅」をテーマに繋げられないだろうか。」こんな長山の想いに共感したメンバーが集まり、「ヤドノマド」は2010年12月に誕生した。

02 コミュニケーションのチカラ

地方の宿と都会の若者をつなぐために一体何ができるだろうか。

長山は民宿のホームページ制作に着手し、次に東京に住む若者と利賀村を訪れた。メンバーは3つのチームに別れて、民宿に滞在し、それぞれの民宿の良さを発見するワークショップを実施。参加した若者にとっては、利賀の歴史、文化、伝統を目の当たりにし、都会では気づけない大切なものを感じることができた。
また、それらが「価値である」という事実も、地元の方々にとっても大きな発見となったのだ。

長山はその後、利賀村の民宿のプロモーションとして、利賀の素晴らしさを記憶するフォトコンテンストを実施。開設した利賀村のfacebookページには200人から「いいね!」がつき、フォトコンテストのサイトにはのべ2900人もの人が訪れた。

こうした活動は、現地の民宿に確かな変化をもたらしている。
ウェブ経由から新たに新規顧客が訪れ始めた。そして何より、長山を喜ばせたのは、民宿の女将さんの意識にも変化があったことだった。

「女将さん自らグリーンツーリズムの勉強会に参加するなど、単にお客様が増えた以外の効果が生まれました。「ヤドノマド」の活動は、情報発信で都会と田舎をつなぐということですが、関わって下さる方双方に新しい変化を起こす“きっかけ”作りになっているのかも知れません。」

今では、民宿「利賀乃家」には玄関から入ると目の前にLANに接続されたPCが置かれ、旅行客が旅の思い出を発信することができるようになっている。「ホームページを見て来ました!」と訪れる初めてのお客さんとの会話に、女将さんの笑顔がいきいきとしている。

03 記憶に広がる原風景

なぜ、長山は田舎に惹かれるのか。

「私が生まれた群馬県には田園が広がっていました。田植えの手伝いや、山遊びも楽しかった。田舎に憧れるというよりは、田舎の良さをもともと知っているので、それを伝えたいという気持ちが強いのです。」

豊かな自然に囲まれて育った長山は、中学生の頃から環境問題に興味を頂くようになる。自然エネルギーへの興味に端を発し、科学技術者を育成する科高等専門学校に入学した。

04 変化の兆し

「途上国の環境問題を解決する科学技術者になりたい」
毎日のように実験室で白衣でフラスコを振り、農薬の開発をしていたが、そんなある日、長山の心に1つの疑問が生まれてきた。

「これまで、自分自身は「科学技術者になること」が最大の社会貢献だと思っていたが、分野に関わらず『それぞれの人が得意なことを頑張ることが本当の社会貢献』なのではないか。」

研究を続けていく中で、自分はコツコツとデータを積み上げていくことに向いてないことに気づいてしまったという。
決められたレールを進むのではなく、自分の得意なこと、「人と人をつなぐ」ことで社会貢献したいと考え、その後、国際協力分野の文系大学院に進学した。
            
途上国の現状、社会問題に対するアプローチの多様性。これまで、7年間にわたり科学技術にどっぷりつかっていた長山にとって、大学院で知った社会の現状は衝撃だった。

これらの経験は、現在の長山の活動にも大きな影響をあたえている。

1つ目は、財団法人国際開発高等教育機構(FACID)の研修で参加したインドネシアでの体験だ。

「このプログラムでは世界の様々な国の大学生がインドネシアに2週間滞在し、現地で学んだことを話しあうのですが、その際に、日本と発展途上国の違いに話題が及びました。ある学生から、『なぜ「日本」と「途上国」という分け方で物事を考えるのか?』と聞かれたのです。例えば、日本の農村と途上国の農村には似ているところもたくさんある。国単位で物事を考えるのではなく、もっと小さな単位、例えば都市と農村の関係性に着目することこそ、大切なことではないかと感じました。」

貧困をGDPで図ることはできない。数字で物事を測ることで本質を見失ってしまうこともある。そんな考え方に触れたことは、その後の長山の考え方に大きな影響を与えている。

2つ目は、調査で訪れた北海道の夕張市や山口県の限界集落での体験だ。
地域に住む人々の悩みや抱えている課題に直面していた。当時、学生だった長山にとっては地域活性化の問題に取り組みたいという想いはあったが、地理的にも遠い夕張や山口において、それをどのようにカタチにすれば良いのか見いだせなかったという。

ソーシャルメディアの登場など、現在では社会を取り巻く状況も変わってきた。
そして、この学生の頃に体験した「都市と農村の関係性」を再考すること、「地域活性化への想いが、社会人となった今の、利賀村での取組につながっている。

05 2足のわらじのススメ

現在、長山は、ソフトウェアメーカーのサイボウズ株式会社にて、「サイボウズLive」の企画、導入サポートに従事している。「サイボウズLive」とは一言でいうと、パソコンや携帯、スマートフォンで情報共有ができる、無料のプロジェクト管理ツール。タスク管理やディスカッション、ファイル共有、カレンダーなど、チームのプロジェクト運営に必要な機能が揃ったサービスだ。
長山が挑戦する「ヤドノマド」プロジェクトも、この「サイボウズLive」を使って、プロジェクトの情報共有を行っている。

「仕事を通じて、Webツールを活用したプロジェクトマネジメントのスキルが身につきました。」
「もともと学生時代に解決したくてもできなかった地域活性化の課題へ、遠い場所とのコミュニケーションや状況の共有が可能なこうしたWebツールを活用することにより、アプローチをすることができ始めています。」

プライベートの活動と本業が独立して存在するのではなく、それらが重なり合い、相乗効果を生み出しているのだ。

長山は続けて語る。
「最終的に私は、社会課題に対して『○○になったらいいのに!』と思った人々が、それを諦めることなく前向きにアプローチできる世の中にしたいと思っています。地域と都市をつなぎたい、と私が思った時に、「ヤドノマド」プロジェクトを始めたように。」

「こうなったらいいのに。」という人が繋がることでそこにはコミュニケーションが生まれ、アイデアが湧いてくる。
コミュニケーションが円滑に行われることは、そこから無数の可能性が生まれることと同義なのかも知れない。

06 マイプロジェクトが溢れる世界へ 

長山が最近力を入れていること。
それは、「マイプロジェクト」を広げることだ。

「マイプロジェクト」とは、「社会がもっとこうなったらいいな」という自分自身の想いからプロジェクトを創って活動する「自分発信型」の活動のこと。

「自分のスケジュールに書かれているのが、『12月○日 飲み会』より『12月○日 プロジェクトキックオフ』の方がワクワクしませんか?自分の関心事を「プロジェクト」にすることで、ゴールが明確になり、アウトプットや期間、目的のイメージがクリアになります。それは人の共感につながり、仲間が集まるきっかけになると思うのです。」

誰かに頼まれた訳でもなく、自分の想いでプロジェクトを立ち上げる、そして共感する仲間が集まり、活動を続ける。
「社会がこうなったらいいな」に向かう人の表情はいつも輝いている。長山はそんな人も増やしたいのだ。

「ヤドノマド」という自身のマイプロジェクトを掲げながら、本業はサイボウズLiveというツールの拡販を通じて、個別のマイプロジェクトを応援している。本業と社外活動が重なりあい、お互いを高めていく。長山はプレイヤー、そして同時にプロデューサーなのだ。

07 エピローグ 

ソーシャルメディアやクラウドサービスの登場により、個人がより簡単に自らの想いや志を世の中に発信できる時代となった。同時に、共感によって人がつながり、距離に縛られずに一つの行動を起こすことができる世の中になっている。

しかし、どんなに便利で快適な世の中になったとしても、仕事にせよ、マイプロジェクトにせよ、人のコミュニケーション無くして、新しい価値が生まれることはないだろう。

長山は語る。
「コラボレーションの前に、コミュニケーション。人と人の関係性が無ければ、新たな価値は生まれないのではないでしょうか。」

いま、世の中は猛烈なスピードで変化し続けている。
その速さの中では、10年後の未来を想像することは困難だ。
物事の常識や前提すらも変化するなか、私たちはどう生き、どんな社会を目指すべきだろうか。

「自分の能力を一番発揮できる分野や自分が輝ける場所がどこかを常に考えています。同時に、「イノベーションが溢れる」世の中にしたいですね。」

「イノベーションが溢れる」、つまり、より良い変化がコミュニケーションの力によって生まれ続ける社会。

「幸せに正解はないと思います。だから、人それぞれが『こうしたい!』と思ったことをできる世の中にしたいのです。」

コミュニケーションとコラボレーションの力による新たな価値づくりを積み重ねる長山の取組は、より良い変化のある社会を目指してゆっくりと広がっている。

長山悦子さんから、あなたへのメッセージ

・ヤドノマド


・マイプロジェクト
http://greenz.jp/myproject/

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