1982年宮城生まれ。17歳で、ネパールにて、女性の識字率向上のためのNGO訪問。慶応義塾大学在学中にトルコで半年間のフィールドワークを実施。卒業後、化粧品メーカーのマーケティング部を経てCoffret Projectを立ち上げる。
「コスメで仕掛ける素敵なこといろいろ」 とコスメを切り口に、家に眠っている未使用の化粧品を集めて、「途上国」へ送り、ワークショップを行ったり、使用済みのコスメを使用して絵を書くアートイベントなど、様々な企業とのイベント、講演会を行う。
2011年、ネパールでビューティサロンオープン予定。
「コフレ」、それはフランス語で宝箱、大切なものをしまっておく小さな箱、を意味する言葉。
日本の女性が、ラメのアイシャドウをのせ、ピンクのチークをぼかし、艶めくリップを塗る、そんな「心」をそっと「途上国」へ届けたいと小さな宝箱を創り上げている女性がいる。
その箱の名はCoffret Project。
今回は、コスメを切り口に広がる、色とりどりの世界へあなたを招待しよう。
向田はある日、大きくて、綺麗で、窓がピカピカに光るビルの中から外を見つめていた。
大学卒業後、化粧品メーカーに勤めだして約5カ月。
「会社勤めは、本当に水槽の中にいるみたいでした。大きな窓から外を見て、あぁ私って、熱帯魚みたいだな、って。
このまま窒息しそうだなぁ、とよく感じていたし、ずっとそこにいるイメージもつかなかった。」
ガラス越しに広がる高層ビル、ギラギラとした街の明かりにぼんやりと自らの想いを反芻させていた。
17歳、自分が初めてネパールの地に降り立った時の記憶を辿る。
高校の時に高津亮平氏の講演を聞いた向田に待っていたのは、ネパールという初めての「途上国」との出会いだった。
道端で夜を明かすストリートチルドレン、お腹がぷっくりと腹水で膨れた飢餓の子どもたち、高津氏の話す言葉と目の前に突き付けられた写真に向田はバーンッと雷に打たれたような衝撃が走ったという。
すぐさま「高津氏に直接コンタクトをとらせてほしい」と校長に掛け合い、その後、実際にネパールに赴き、現地のNGOを訪問した。
至るところに巻き上がる砂埃と、汚くて、粗悪な建物、生ゴミの匂いに包まれた世界を「体験」する。
しかし、念願かなって「途上国」の地に足を踏み入れた向田だったが、心には強い挫折感を感じていたという。
「行けば自分でも『何かができる』と、『役に立てる』と思っていたのです。けれど、現地にいる人は本当に、そこに骨を埋める、位の覚悟を持っていました。現地で働いていた日本人スタッフにも『何だろう、この子は。』という目で見られている気がしたし、『私は何も役に立てなかった。』という実感だけが残りました。」
現地へ行くことは、ただの自己満足に過ぎなかったのではないだろうか。
そう感じた当時の向田は、大学時代はあえてそういうフィールドからは外れた経験をするようにしていた。
デザイナー事務所でのアルバイト、キャンドルナイトなどのイベント企画、趣味のフラメンコなど、好きなこと、楽しいことをたくさんして幸せになるのだ。
自分は先進国に産まれているのだから、心地よい音楽や光に満ちた空間、いい匂いのする場所にずっといるのだ、そう思っていた。
そんな日々を過ごしていた大学時代、ある日テレビを見ているとマザーハウス(*)の山口絵理子氏が特集されていた。
自分が一度、離れてしまった世界だけど、山口氏は現地に様々な矛盾がありその中で答えがないということも踏まえて行動をしている、自分にできるやり方で、形にしている。彼女の情熱と、パワーと、行動力を目の当たりにし、ある想いが芽生えた。
「私にできることは本当になかったのだろうか。すべてはできなくても、彼女のように自分なりのやり方で形にできることが本当はあるのではないか。」
薄れていた「途上国」への想いがじわじわと蘇ってきた向田は大学4年の半年をトルコで、フィールドワークを行うことにした。
現地で知り合った人たちに、現地で求められていることをヒアリングする日々。
ある日、向田は思いきって質問した。
「自分は今、何でもできる、と想定したらどんなことがやりたい?」
「・・・お化粧がしたい。」
(*) 途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念のもと、バングラデシュのジュート(麻)やレザーを用いた高品質なバッグを作り、現地の自立した経済活動を目指す会社。
自分たちは普段何気なく化粧をしている。
けれど、「途上国」の人たちはその「装う」という自由すらないのだ、とその時気付いた。
「途上国」を支援する方法は様々ある。
雇用、教育、衛生、、、しかし「美容」という分野でのケアはほとんどされていないのではないか。
試しにフィールドワークをしていたトルコで、日本人の普段のメイクを紹介するワークショップを開催してみたところ、
化粧をされた女性はもちろん、その旦那さんまでもが笑顔になってくれた。
「綺麗になる、という実感は女性に自信を持たせ、自尊心を高めることができ、それは貧困を抜け出す力になるのではないか。」
この火種を心に、今度は日本で、イベント時に化粧品を集めてみることにした。
「イベントで化粧品を集める、ということを事前告知し、当日、化粧品を集めるボックスを置いてみました。隣には名だたるNPOの募金ボックスが置いてありましたが、それよりも集まったのは化粧品ボックスの方。財布はいつも持ち歩いているし、化粧品はわざわざ自分で準備して持ってこなければいけないのに、女性の参加者はそれをしてくれるのです。不思議ですよね。」
「途上国」の支援をしたいと思ってはいるが、何をしたらいいのかわからない人は意外と多い。
そして、自分を彩り、自信をつけさせてくれる化粧品はたとえ色があわなかったり、使いきれなかったとしてもなかなか捨てることができない。
「これなら、「途上国」の人も私たち先進国の人も両方のニーズを満たすことができる。」
「コスメ」を切り口にした世界の女性をちょっと彩るプロジェクトは、こうして生まれたのだった。
「やっぱり自分の想いを形にしたい。」ほどなくして向田は、親にも黙って会社を辞めた。
アイデアが生まれただけではだめだ。人を集め、活動を知ってもらい、参加してもらって初めて、世界は変わる。
「何もないところから1を生みだすには、とにかく動くしかない。正しい方法、というものは存在しないし、とにかくできることをリストアップして、それをどんどんこなすだけ。化粧品関連の業界の方と会って話をしたい、と300社位電話をかけてみてどこもアポがとれなかったり、運よくアポがとれても話をしたら『会って損しました。』と言われてしまったり。そんなことがたくさんありました。」
どちらかというと向田は話をしていてほとばしるような情熱をダイレクトに感じさせるような女性ではない。
朗らかで、自然体で、何かを創りだすためにとてつもない努力も、それを感じさせないくらい、何でもないことのように涼やかに語る。
「とにかくがむしゃらに動く。反応がもらえても、もらえなくても動きまくるしかない。そうしているうちに、株式会社アイスタイルのCEO、吉松徹郎さんや取締役である山田メユミさんを紹介していただくことができ、その縁から少しずつ波紋が広がって行きました。」
現在、Coffret Projectの会員数は約1000人。「とにかく動いて」徐々に、徐々に共感の種を飛ばし続けた向田の想いに賛同した人の輪が広がっている。
ところで、私たちが普段化粧をするのはいったい何故だろうか。
「装うこと」の本当の力について、向田はこう語る。
「化粧をするとその人の『心』が変わる。私は趣味でフラメンコをやっているのですが、すっぴんで行ったリハーサルとしっかり舞台メイクを施した本番では踊りも、皆の表情も全く変わります。それこそ、自信に満ち溢れた表情になり、動きにキレがでて、皆に魔法がかかったようにイキイキと踊ることができるのです。」
綺麗になりたい、という女性の想いは万国共通だが、その奥に潜むのは「自信をつけて、輝きたい。」という心。
化粧をする、という行為は自分を「装う」とともに心も彩る力があるのだ。
向田はインタビューの途中で、プロジェクトの原点であるフィールドワークを実施した、トルコで過ごした様子をぽつりと、こう漏らした。
「かつてトルコでフィールドワークを行っていた時、イスタンブールのボスポラス海峡で毎日、信じられないくらい綺麗な夕焼けを1人で見ていたのです。とっても、さみしかったな。」
何でもいいから世界に色をつけることがやりたいとずっと考えていたという。
そして、たった1人で始めたこのプロジェクトも、現在では株式会社アイスタイルや、L'Artisan Parfumeur 、Shu uemura、ハーバードビジネススクールのジェフリージョーンズ氏など様々な企業や人が協賛をして共に活動を進めるまでに成長した。
「世界に色をつける」とはどういうことだろうか。
自分らしさ、やりたいことを見つけること、想いが伝わること、人とつながること、1人では想像できなかった世界が見えてくること。
自分と人の色が交わり、グラデーションとなって新しい色が生まれること。
人と人との心のつながりは私たちに新しい明日を見せてくれる。
向田はもう、「1人」でボスポラス海峡を眺めることはないのかもしれない。
現在はネパールでビューティサロンをオープンさせるべく、活動にますます打ち込んでいる向田。
「オープンさせるサロンは、丁寧に創りこまれた建築物で、心地よい空間を作り上げたいと考えています。例えば「途上国」で学校を建設するときなど、お金をかけないために粗悪な作りになってしまっているものが多いのも事実。隙間風が入ってきたり、壁からちくちくと毛羽立った木材だったり…。そういう空間は「途上国」の人の自尊心を傷つけてしまう。
自信を持って、堂々と胸を張って仕事をして、生きてほしい。その想いを言葉だけではなく、環境から作り込むことで伝えていきたいのです。」
今日もまた、伝え続け、動き続け、広げ続ける。
その心の源泉に、一体何があるのだろうか。
「私は、誰かが喜ぶところが見たいのです。そのためなら何でも出来る、と思っています。
ひとりでも多くの人がCoffret Projectを通じて幸せになりますように。そして、誰かの世界に、色がつきますように。」
変えるヒト、変わるヒト。
このコーナーでは、社会起業家と呼ばれる人達の創業ストーリーや成功の裏側に隠れている秘話など、喜怒哀楽にあふれた生の声をお伝えしています。
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