変えるヒト、変わるヒト。-新しい社会貢献のカタチ-

特定非営利活動法人 Blastbeat(ブラストビート) 代表理事 松浦 貴昌さん
1978年新潟生まれ。名古屋育ち。16歳でバンドを始め、全国ツアーやDVD・CDリリース経験し、26歳でバンドを脱退。その間アルバイトを含め、30種類以上の職種を経験する。バンド脱退後は起業を決意し、アタッカーズビジネススクール19期受講。同スクールの事務局スタッフを経てWEBマーケティング会社(株)フィールビート設立。2009年8月よりBlastbeatの立ち上げを行い、2010年9月NPO法人化。他にもNPO法人CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンに参画、カンボジアの子どもたちに絵本を届け読み聞かせの文化を広げる「心の絵本」プロジェクトの活動など国際協力分野にも携わる。
現在、Blastbeatの活動を広めるため、全国で講演活動を行う傍ら、高校や大学でプログラムの実施を行っている。

01 プロローグ

パンの製造工場、パチンコ屋、運送、交通誘導員、土方工事、餅屋、水商売、パブの店員、広告代理店・・・松浦のプロフィールや講演での自己紹介はこの「30種類以上の職種経験」からスタートする。
「現在の経験に1番活きているのはパチンコ屋の店員ですね。アルバイトですが4年間経験し、リーダーになっていたので周りのモチベーションをどうやって高めるか考えたり、結束を強めるためにイベントを行ったりとチームワークを学びました。」

今回ご紹介するNPO法人Blastbeat代表理事松浦の魅力、それは「飾らなさ。」だ。
ありのままの自分を認め、受け止め、次の大きなステージに向かっていく。
それはまるでビートを刻むように、リズミカルにスピードを上げて。

02 Blastbeatだったあの頃

16歳でベースを始めた。仲間に恵まれ、バンド活動にのめりこむ日々。
「オリジナル曲を創ったので、みんなに聞いてもらおうと思いどうやったらライブを開催できるか仲間で考えていました。
そこでライブハウスに電話をかけ、みんなでお金を集めて前金を払い、ポスターを手作りし、さらに手書きのチケットをコピーしてそれを学校で販売しました。0からライブを創り上げるという経験が今につながっているように思います。」

のちにいくつかのバンド経験を経てインディーズ事務所に所属。シングル、アルバム、DVDを発売、全国ツアー、テレビやラジオ出演、と活動は上々だった。

「フェスティバルで優秀賞をとった賞状を「寒かったから。」と燃やしてしまったり、強烈なメンバーに囲まれていました。その頃の仲間とはだいぶアホなことしましたね。」

唯一、完全に素の状態を見せることができる仲間達。
「ロジックなんてありゃしない。 『本能、感じるままに動く!』」 ただ、それだけだ。

今でも当時の仲間と会うこともあるという。
そして仲間との時間は日ごろの自分がいかにセーブしているかを認識させられるそうだ。

03 変わる、ジブン。

そんなある日父親から1本の電話がかかってきた。
自営業を営んでいた父親の事業がうまくいかなくなり、自宅が競売にかけられる、という。

気にせず好きなことをやるように言われた松浦だが自分だけ好き勝手にバンドをやる日々に悩み、精神的にも不安定になっていった。
悩みに悩んだ末にだした結論、それはもう1つの夢である「起業」をすることに挑戦する、というものだった。

「バンドで音楽を創るということと、会社を創り起業することはどちらも創造的だと思います。そしてどちらも影響力があります。」

自分を変えると決断した松浦は、大好きなベース、ハチャメチャな仲間と共に過ごす時間、様々な経験をした9年間という長いバンド活動をオムニバスアルバムにぎゅっと詰め込むようにしまい、借金をしてビジネススクールの門を叩いた。

寝る間も惜しみ勉強をした。
当時は風呂やトイレに入る時でさえ、本を読みながら入っていたという。

そんな努力の日々の甲斐あってバンド脱退の14ヶ月後に株式会社フィールビートを設立。代表取締役に就任した。
松浦は自分の人生を大きくコントロールし、変えたのだ。

04 涙が止まらない

2009年7月15日、松浦は運命の日を迎える。
NHKの番組で1人のアイルランドの社会起業家、ロバート氏とその活動が紹介されていた。
松浦はBlastbeatと出会った。

「番組を見ているときに不思議と涙が溢れてきて止まりませんでした。これは自分の人生そのものだと思いましたから。
高校時代に自分たちでライブを行ったこと、学校の外の人と接することで勇気や自信をもらったという想い、そしてその経験が自分の根幹を創っているということ。 蘇る想いと止まらない涙に『これは自分が代表になり、日本でやるしかない』と動き出しました。」

松浦はすぐさまロバート氏にメールを送った。
「とにかくBlastbeatを日本でやりたいと。できないなら全く同じものを日本で立ち上げます、とまで書いてメールを送りました。」

実はこの番組を見て松浦と同じように日本から何人もの人がロバート氏にメールを送っている。
日本での反響を受け、ロバート氏は日本でのBlastbeatの説明会を行うことになった。

「その最初の説明会で出会ったメンバーが今のBlastbeatのコアメンバーです。『日本でもやりたいよね!』と想いを持ったメンバーが集まり、自分が代表となって活動をスタートさせました。」

いよいよ、Blastbeatという新しいステージの幕が上がる。

05 やりたいか、やりたくないか。

Blastbeatのメンバーは松浦を含め、全員が本業を別にもつ社会人。
平日夜、土日を使ってミーティングを行ったり、松浦は各地で講演活動を行っている。

事業再生ファンド、カメラマン、公認会計士、ヘッドハンティング会社など様々な業界から集まっているメンバーだが、
Blastbeatの活動は自分の経験や能力に関わらずチャレンジするということを大切にしているそうだ。

「僕らの行動の指針は『できる、できないではなく、やりたいか、やりたくないか』。 せっかく社外で活動をするので今まで経験したことが無い領域にもチャレンジしたい。実際にBlastbeatの活動を始めてから忙しくなったが、本業以外の様々な経験ができ、自分のスキルも上がったことで本業の年収もあがったメンバーもいます。」

本業がしっかりあるからこそ、社外でBlastbeatのような活動ができる。
そう考えているからこそ、メンバーは本業が忙しくなったら一時的に「白旗」を挙げて他のメンバーが支えるなど、無理せず活動を続けていける仕組みを創り上げている。

深くコミットできるときは深く、難しいときは他のメンバーを頼って、1つの曲を創り上げるようにお互いが音を響かせあっているのだ。

06 振動

松浦は現在、各地でBlastbeatの活動を伝えるため、講演を積極的に行っている。
講演をきっかけに学生の方からアプローチがあったり、ロバートが来日時に学校を探すなどしてパイロットプログラムも高校と大学で行った。

Blastbeatのプログラムは参加者が仮想のミニ音楽会社を設立。全員が役職をもち、ライブの企画から出演者へのアプローチ、会場の手配や広報、WEBサイトの作成、財務などすべてを行う。ライブから得た収益の25%以上は寄付をすることになっており、自分たちがどのような社会的な活動をサポートしたいのか考えてもらう。

「パイロットプログラムを行った学校では学校も休みがちで引っ込み思案だった子が激変し、人と積極的に関わるようになって自分のやりたいことを語ってくれるようにまでなりました。さらに自分の子どもの変化に喜んだその子の親が学校に何か恩返しがしたいとPTAの会長になったり、Blastbeatに寄付まで申し出てくれました。1人の生徒の変化がまわりに及ぼす効果はこんなにすごいのかと驚き、強く実感しましたね。」

人は、変わる。
1人の講演、1つのプログラム、1人の変化の振動で。

人が変わるためにまず必要なこと、それは「つながり」だと松浦は語る。
「人とのつながりは自分の土台、命綱であり、それがあるからこそ人はチャレンジができると思っています。自分の土台を固めたらどんどん好きなこと、やりたいことにチャレンジし、さらに好きなことで人の役にたつという実感を得られたらそれが自己肯定感につながり自信が出ます。」

「音楽」×「起業」×「社会貢献」で10代に生きる力を与えたい。
そんなBlastbeatのプログラムを体験することで得られる自己肯定感、自信が10代に力を与え、それは周りの大人にも伝わっていく。

07 人生で大切なこと

趣味の1つが瞑想だと語る松浦は人生に対する想いをこう語ってくれた。

「人生で大切なことの1つは、自分と向き合うことだと思っています。 人は誰だって自分の嫌なところは見たくないし、失敗も振り返りたくない。それに蓋をして進もうとするわけです。でも自分は、ダメな自分も、弱い自分も、醜い自分にもしっかり向き合ってそれを解消していきたい。」

様々な経験、大きな転機を超えた松浦はどんな自分も正面から受け入れる。

「心を穏やかに自分の心と向き合う時間を取るようにしています。自分の中で今、何が必要で、何が不要なのか。きちんと知り不要なものは自分から切り離しています。」

自分を知り、その時に全力を尽くす。
反省はしても「こうすればよかった。」ということはないと言い切る。

これが松浦の「生き方」だ。

08 変える、ヨノナカ。

日本の教育を変えていきたい。
松浦はスピードをもってこれを実現したいと語る。

「NPOの教育プログラムは学校教育ではなかなか手の届かない教育の「細かい部分」の1つだと思っています。また、僕たちもBlastbeatのプログラム1つですべてをカバーすることができるとは思っていません。学校教育の細部をサポートするには僕たちのような様々な市民の提供するプログラムが必要なのです。
既に日本に多く存在する教育NPOと繋がりを広げていきお互いのプログラムを高めていくことができればと考えています。今後はもっとNPO間の横のつながりを創っていきたいですね。


松浦は他のNPOのプログラムの傍観者、評論家には決してならない。
NPO法人カタリバのプログラムに参加してみるなど、他のNPOと手を取り合って、協働することが日本の教育に変化をもたらすスピードを速め、受益者を増やす。

自分を変えた松浦は今、世の中を変えていこうと動き出している。

09 エピローグ

「Blastbeatは立ち上げる段階で全国展開を見据えています。沖縄、京都、愛知では講演をきっかけに手を挙げてくれた人が現れ、Blastbeatが立ち上がっています。 さらには自分と同じようにBlastbeatのプログラムの導入をできる人も育てたい。 プログラムを行った大学生に一緒に今度は高校にいって説明をしてもらい、高校でBlastbeatを実施してもらう、とか。経験者が次の教育者になる、という体系を創り上げてプログラムを広めていきたいです。」

そろそろBlastbeatのイントロダクションは終わりを告げるようだ。

「Blastbeatは自分の人生そのもの」
覚悟を決めた「変えるヒト」の想い。

それはきっと突風になって日本全国に鳴り響く。

松浦 貴昌さんから、あなたへのメッセージ
特定非営利活動法人 Blastbeat(ブラストビート) 
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[ 取材:玄道・桑原 ]

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