変えるヒト、変わるヒト。-新しい社会貢献のカタチ-

1986年生まれ。フリーエージェント/ブロガー。ソーシャルメディアを中心としたマーケティングに関する講演、執筆、コンサルテーション活動を行う。『フェイスブック 私たちの生き方とビジネスはこう変わる』(講談社)著者。ブログ「ソーシャルウェブが拓く未来」運営。NGO/PLAS、somodoなどプロボノとして多くの非営利組織のマーケティング支援に関わる。非営利組織のマーケティング支援を行うプロボノネットワーク「テントセン」主宰。愛妻家。

00 プロローグ

「人生何があるか分からない。」
過去の自分からは想像も出来ないような今の自分の人生を、人はこう表現する。

イケダハヤトの人生も同じだ。

「僕はもともとボランティアなどには全く興味がない人間でした。」
そう語るイケダが今では「NPOにマーケティングの力を」と意気込む。

それはイケダの「選択」の結果に他ならない。
慣れ親しんだ内の世界と、未知なる外の世界。
不安と好奇心を同時に抱きながら、この狭間で人は常に決断を迫られる。

今回は新しい世界との出会いと挑戦を重ねながら、自分らしい選択を貫いてきたイケダハヤトの人生を紹介しよう。

01 Webの最前線を走る

現在はフリーエージェントとして、ソーシャルメディアを中心に講演、執筆、コンサルテーションなどを行うイケダだが、ソーシャルメディアとの出会いはどこにあったのだろうか。

「原体験は中学生の時に買ってもらったパソコンに遡るんです。」
イケダは自身とWebとの出会いについて語り始めた。

パソコンを始めてすぐ、Webサイトの制作にはまったイケダは、当時流行っていたFlashゲームに感銘を受け、世界中の面白いゲームを紹介するWebサイトの制作運営を始めた。

「中学生の僕には本当に衝撃的だったんです。こんな面白いゲームが世の中にたくさんあって、『2ちゃんねる』にも毎日新しいゲームの情報が掲載される。皆が知らないともったいない。だから紹介していこうと思ったんです。」

少年時代のワクワクとした気持ちを思い出したように、Webサイト運営の動機を楽しそうにこう語った。

イケダが運営するWebサイトは、月間1万ページビューを獲得するほど人気があったという。その人気は単なる偶然ではなく、イケダがトレンドの先駆け的存在だったからだ。

「当時、個人のWebサイトは日記がメインのコンテンツだったんです。次のトレンドが、個人が面白いと思う情報を持ってくる個人ニュースサイトといわれるスタイルだったのですが、僕はこのトレンドの走りのところでやっていたと思います。面白いものを紹介するというスタンスのサイト自体が僕のサイトくらいしか当時はなかったんです。だから、先行者利益で見てもらえたのだと思います。」

イケダのサイトは後に雑誌「ネットランナー」(※1)の編集者の目にとまることになる。中学生にも関わらず、雑誌で連載を担当することになったイケダはこの衝撃的な体験をこう振り返る。

「『Webって本当にすごいな』と気づきました。自分の人生を簡単に変えてくれる力がある。今の僕に繋がっているのは、その強烈な原体験です。」

イケダがソーシャルメディアへと繋がるWebに興味を持ったきっかけだった。

02 音楽の世界での挫折

その後イケダ少年は音楽に没頭し、Webからは少し距離を置いた人生を送っていたという。

「姉が吹奏楽をやっていて、僕も音楽に興味を持っていました。クラシックやワールドミュージックが好きで、アラブやインド、アフリカの太鼓などの民族打楽器を叩くようになったんです。」

楽しそうに語るイケダ。

「もともと芸術が好きで、実は、音楽評論家になりたいという夢がありました。大学生のときに挑戦しましたが、どうやってその業界に入り込んでいけるのか、道が見いだせなかったんです。」

中学時代にWebで自らの人生を切り開くという可能性に触れたイケダだからこそ、他の世界の閉鎖性や硬直性を敏感に感じとったのだろう。

新しい世界に挑戦することは、時に大きな困難や挫折を伴う。
イケダが音楽という道を自身の職として選ぶことはなかった。

ただ、今でも趣味として音楽は続けているという。

03 ソーシャルメディアの世界へ

大学卒業後、大手半導体メーカーに入社したイケダは広報部で広報宣伝業務を任された。同年、2009年夏にソーシャルメディアとの出会いは訪れた。

「日本ではtwitterさえ盛り上がっていなかった時期に、アメリカ支社がfacebookを始めたいと言ってきました。結果、語学力とWebの知識を買われてアメリカ支社と合同でソーシャルメディアの部署を立ち上げることになりました。」

元々好奇心旺盛で興味を持ったことはすぐに、そしてどんどんと調べていく性格。仕事としてソーシャルメディアに関わり始めると、海外の文献を読みあさりイケダはその面白さに引き込まれていった。

そして転機はそう遠くない時期に訪れた。
2010年3月、ソーシャルメディアマーケティングのコンサルティング会社への転職である。

大企業を中心にソーシャルメディアマーケティングのコンサルタントとして働きながら更に知見を深めていったイケダ。

イケダはこの時の想いをこう説明する。
「働く中で、中小企業を中心に、よりスピード感があり、すぐに自分のアウトプットが見えるような仕事を中心にしたいと思い始めました。」

この想いは、2011年4月に新たな決断となって具現化する。
フリーエージェントへの転身である。

会社を辞めてより自分らしい働き方を実現するための独立。決して独立後の生活に不安がなかった訳ではない。しかし、等身大の自分の感覚をイケダは何よりも大切にした。

04 NPOにマーケティングのチカラを

現在では多くのNPOのマーケティング支援を行うイケダ。
その活動内容について聞いてみた。

「僕はソーシャルメディアのコンサルティングが専門なので、朝の時間などを活用してNPOの方々にお会いし、どのようにtwitterやfacebookを使っていけば良いのかという話をしています。また、ソーシャルメディア関連の最新情報のシェア、ツールの効果的活用法などをメールでお伝えしたりしています。」

また、NPOのマーケティング支援を行うプロボノ(※2)ネットワーク組織「テントセン」を主宰するなど、個人の枠を超えた活動も展開している。

フリー転身後、多忙を極めるイケダだが本業とのバランスについてこう答えた。
「NPOでのプロボノは楽しいです。今後は本業の割合を下げてNPOにもっと関わりたいと思っています。」

純粋に自分が学んできたソーシャルメディアの知識を活かせることに喜びを感じると同時に、NPOならではの理由がそこにはある。
NPOのソーシャルメディア活用への意識の高さ、予算がない中で成果を上げる困難な作業へのチャレンジ、決断と事業実施のスピードの早さ。NPOのプロボノはコンサルタントとしては非常にやりがいがあるという。

また、本業へのフィードバックも大きいという。
「そもそも社会性が高い非営利事業とソーシャルメディアは相性が良いんです。ソーシャルメディアは『共感のメディア』だと思います。ソーシャルメディアに関わる人間として、この力学を知ることは必須です。そういう意味で、NPOにプロボノとして関わる中で本業にもかなりフィードバックを頂き勉強になっています。」

NPOマーケティングに積極的に関わっているイケダだが、苦労話や後ろ向きな話は全くといっていいほどその口からは語られない。
「気持ちよく関わらせて頂いています。」
イケダは素直にこう応じる。

その秘訣はきっとイケダ自身の姿勢にあるのだろう。
否定から入らず興味を持ったことにチャレンジしてみること。
相手への尊敬、信頼関係を大切にお互いが気持ちのよい関係を構築すること。
そして自然体、自分らしくあることだ。

どれもイケダの魅力に他ならない。

05 NPOという未知との出会い

「ボランティアやNPOには全く興味がなかった」
こう語るイケダとNPOの出会いはそもそもどこにあったのだろう。

その発端は海外NPOのソーシャルメディア活用の巧みさだった。
「海外の事例を勉強していくと、企業よりも非営利組織のほうがうまくソーシャルメディアを活用したマーケティングを実施している例が多くありました。」

マーケティング予算がほとんどない中で成果を上げなければならないNPOは、創意工夫をもってソーシャルメディアを使いこなしていたという。

そんな折、イケダはプロボノという選択肢を知った。
働きながら、自分の専門性を生かしてNPOに関わることが出来る。

「twitterのプロフィール欄にプロボノをやりたいと書き足しました。」
反応はすぐにあった。プロフィールのメッセージを見た方がアフリカでエイズ孤児支援を行うNGO/PLASを紹介してくれたのだ。

初対面の時のことを思い出しイケダは語る。
「PLASで活動する人々に出会って、僕が今まで知らなかったような領域にいる方々でしたので、『こういう人たちもいるんだ』という衝撃がありました。当時の僕は寄付や助成金に関しても無知でしたので、どこから給料が出て、どうやってご飯を食べているんだろうという疑問が浮かんだんです。」

PLASについては基本的に団体のニーズが顕在化した時に応えるという関わり方をしているというが、月1回程度ミーティングに参加したり、オンラインで情報交換したり、PLASからの質問に答えたりという形が平均的なスタイルだという。

イケダが書き込んだたった一つの文章。
「プロボノに興味がありますのでメッセージください」
このたった一つのきっかけが今のイケダに繋がっている。

イケダは今では心地よく且つ積極的にプロボノを実践している一人だ。

06 新たなるチャレンジ

イケダが今取り組んでいるのは自分が直接コンサルティングをしなくてもNPOのマーケティング支援ができる仕組み創りだ。

「NPOにもっとマーケティングをできるようになっていただきたい。そのために、僕個人なりテントセンのようなネットワークで色々と活動しているのですが、やはり限界があるのです。」

アメリカにはマイクロボランティア(※3)のマッチングプラットフォーム「sparked」というサイトがある。例えば、ソーシャルメディアを教えてほしいというニーズをNPOの人がウェブ上に投稿すると、ソーシャルメディアを分かる人が応えるというオンラインのマッチングシステムだという。

「マーケティングのコンサルティングを出来る人は世の中にたくさんいるはずです。そういう人たちとNPOをつなぐ、そんな仕組みが日本で実現できれば非常に面白いと思っています。」
イケダが具体的に目指すのは、オンラインでのマーケッターのためのプロボノプラットフォームだ。

ビジネスパーソンには、自らが持つ知識を喜んで人に教えたいという人が多くいる。だからこそ、NPO側のニーズを可視化していく必要があるとイケダは説明する。

また、イケダは知人の体験談を語ってくれた。
「IT業界に勤めている僕の知人で最近プロボノを始めた方がいます。やりだしたら楽しいといって以降ずっとNPOに関わり続けています。足りないのは機会だと思うのです。」

新しい活動の先にどんな世界をイケダは描いているのだろうか。
「NPOがマーケティングを効果的に出来るようになれば資金集めも適切に行えるようになり、雇用者の数ももっと増えてくるでしょう。自分もいずれはそこに入りたいんです。」
笑いながら話すイケダ。しかし強い気持ちが伝わってきた。

常に前進を続けるイケダがきっとNPOにマーケティングのチカラをもたらしていくことだろう。

07 エピローグ

新しい世界に積極的に飛び込んで行くイケダ。

中学生で雑誌連載を担当したこと、ソーシャルメディアに出会い、今はNPO支援に積極的に関わるようになったこと。

それらは決して「偶然」ではなく、間違いなくイケダ自身が切り拓いてきた道である。

では、何がイケダを変え導いたのだろうか。

イケダのターニングポイントには人との出会いが介在している。
恐らく多くの人との出会いがイケダを次の世界へといざなっているのだろう。

実際、イケダは人との出会いを意識的に作り出している。
自身のブログでも、ソーシャルメディア上でも次の言葉が頻繁に飛び交う。

「お会いしましょう」

今日もイケダは新しい世界への扉を叩いている。

※1 ネットランナー
ソフトバンク クリエイティブが出版するコンピュータ・インターネット関連雑誌。2007年11月号をもって休刊。

※2 「プロボノ」
新しいボランティアスタイルとして注目される「プロボノ」。ビジネスパーソンが職業上の知識やスキル、経験を生かして社会貢献活動に関わるボランティア活動を意味する。

※3 「マイクロボランティア」
例えば電車の移動中に、Web上に投稿されたNPOからの質問に対して回答するなど、少しの隙間時間を活用したボランティアを指す。

イケダハヤトさんから、あなたへのメッセージ

twitter: iHayato
>> http://twitter.com/ihayato

ブログ「ソーシャルウェブが拓く未来」
>> http://www.ikedahayato.com

NPOマーケティング支援「テントセン」
>> http://www.facebook.com/go.tentosen

特集 バックナンバー